
|
|
Map | OmiTetsudo Train | Pledge Sheets | ||
| Omi-Hachiman | 9:11 | 9:38 | |||
| Higashiomi | 9:38 | 9:55 | |||
|
Follow these signs |
|||||
滋賀県八日市市 9月11日(日)
Higashiomi City Hall
受付10:00am 開始10:30am(雨天決行)
概要
テリー・フォックス・ラン(「テリー・フォックス」というのはカナダの一青年の名前で、「ラン」は「走る」という意味です)は、カナダ及び他の世界中の国々で、がんに対する認識を高め、がん研究資金のための募金を呼びかけることを目的とするイベントです。募金は開催国(つまりここでは日本)のがん研究所に贈られ、全てがん研究のみに使われます。
テリー・フォックス・ラン
テリー・フォックスは、がんのため右足の切断手術を受けていましたが、1980年、がんについての人々の認識を高め、がん研究のための募金を呼びかけるため、義足をつけながら一日にマラソンの距離約42kmを走り、カナダを横断することに決めました。
彼はこのカナダ横断マラソンを1980年4月に開始し、 このマラソンは、マラソン・オブ・ホープ(希望のマラソン)と呼ばれました。初めあまり人々の注目を浴びなかったこのランも、やがて人々は沿道に出て彼が走るのを応援するようになり、人々の関心はどのニュースよりも彼が今どこを走っているかに集まり、国民的英雄になりました。ところが、途中で咳が出始め、彼自身がんが肺に転移したのではないかと思いながらもしばらく走り続けました。しかし、5,373キロメートルを一日も休まず143日かけて走ったところで、限界に達し、彼はこのマラソンを途中で中止せざるを得なくなりました。彼の再入院を聞いてホッケー選手たちがランを引き継ぐとテリーに申し出ましたが、彼は断り、自分が再び元気になってやり遂げると言い残したまま、彼は1981年6月28日に、22歳の若さで亡くなりました。彼のことを不死身だと思い始め、彼は必ずこのマラソン・オブ・ホープをやり遂げると信じていた人々の悲しみは深く、カナダ国民誰もが彼の死に涙しました。しかしテリーが亡くなる前に、彼の友人が、テリーの志を引き継いで、がん研究用募金のためのイベントを毎年行うと彼に約束しました。こうして第一回のテリー・フォックス・ランが、彼の亡くなったその年の1981年九月にカナダで最初に行われたのです。テリーの不屈の精神は、がんを撲滅するという希望に向かって、今も国境を超えて世界中の人々の心の中に生き続けています。
現在では、世界中で毎年行われるイベントとなり、2001年には、53ヶ国で150万人以上の人々が参加し、2300万ドル(約23億円)が集められ、第一回のランが開催されて以来の総額は300億円に達しました。このイベントは、一日で行われるがん研究募金イベントとしては世界で最大のものとして高く評価されています。ここ八日市においても過去二度のラン開催により、総額60万円を(財)田附興風会 北野病院(大阪)の癌研究者 三宅正幸医師に贈らせて頂きました。(北野病院は京都大学医学部と緊密に連携した医学総合研究所です)
今年西暦2005年は、テリーのマラソン・オブ・ホープの25周年にあたります。
八日市市で行われるテリー・フォックス・ウォーク&ラン
今年も第5回テリー・フォックス・ウォーク&ランが、9月11日(日)に八日市市で開催されます。参加者は、5kmまたは10km コースを歩くか走ります。これは決して競技会ではありませんのでそれぞれのペースでウォーク&ランを楽しんでください。 募金はランの当日以外でも受け付けています。 募金は全て、日本のがん研究のために寄付されます。
(募金額は大人一人1000円、子供一人500円、一家族2000円程度です)
日本のE-mail
English E-mail